診療内容

白内障手術症例集
多焦点眼内レンズ

杉並区70代女性 白内障手術症例#98 遠視眼(回折型3焦点レンズ:Clareon PanOptix Pro:パンオプティクス プロ)~enVista Envy(エンビー)~との違い

  • 術前

    右眼
    遠見:1.2p(1.2p)
    近見:0.2p(1.5p)

    左眼
    遠見:0.9(1.5)
    近見:0.2(1.5)

  • 術後

    右眼
    遠見:1.5(n.c.)
    近見:1.0

    左眼
    遠見:1.2(1.5)
    近見:1.2p

世界で最も使用されている3焦点レンズであるPanOptix(パンオプティクス)の上位互換にあたる、PanOptix Proパンオプティクスプロ)の先行使用を開始して3ヵ月ほど経過しますので、その使用感含め、当院初パンオプティクスプロ症例標準症例)を掲載させていただきます。

1. 【はじめに】PanOptix Pro(パンオプティクス プロ)の標準症例

患者様は70代の女性の方で、2018年に目のかゆみと緑内障相談で初診されました。OCTにてわずかに視神経線維層の菲薄化認めたため、以降、前視野緑内障(PPG:OCTでは緑内障性視神経乳頭所見などの緑内障を示唆する異常がありながらも、視野検査で視野欠損を認めない状態≒視野異常が出る前の緑内障)として、定期検査を行っておりました。

眼圧は正常でしたが、遠視眼かつ狭隅角でしたので、緑内障発作リスクも考慮して早めの白内障手術をお勧めしておりましたが、初診から7年経過した2025年9月に、ようやく手術をご決心されました。

2. 【レンズ選択の背景】舞台朗読のニーズと「パンオプティクス プロ」の合致

術前アンケートでは多焦点レンズをご希望されており、お仕事で舞台で朗読する際に、老眼鏡をかけたくないとのことで、距離の優先度は中間>近方>遠方でした。中間近方を優先するとなると、焦点深度拡張型(EDOF)のレンズは選択肢から外していただき、しっかりと中近用の加入度数が入っている3焦点レンズ以上の多焦点レンズからの選択をお勧めさせていただきました。

初診以降、視野異常は認めておりませんでしたので、実績もあり、近方視力の確実性の高い3焦点レンズである、パンオプティクスを第1に検討していただくこととし、手術の準備を進めていくこととしました。その中で、パンオプティクスの上位互換にあたる、パンオプティクスプロが先行使用できるとの連絡を受けました(パンオプティクスプロの詳細についてはこちらを参照ください https://morohoshi-ganka.com/news/2157)。パンオプティクスプロは、光学部の構造を工夫することで、光エネルギーの損失を、回折型レンズでは最高レベルの6%(従来型は12%)に抑え、コントラスト中間視力の向上を可能としているため、患者様のニーズにちょうどマッチしている旨をお伝えしました。一方で、患者様の具体的なご希望の可視化も兼ねて、当院のレンズ選択支援ツールの入力もしていただいたところ、やはりパンオプティクスプロが、ライフスタイル適合度: 93.0%と最も高く(下図参照)、ご本人ご納得の上、パンオプティクスプロでの手術にご同意いただきました。

3. 【左眼の手術と度数選択】ORAシステム&回帰式による目標屈折度0.0Dの追求

左右差の少ない皮質混濁を主体とした白内障でしたので、非優位眼かつ、より遠方裸眼視力が不良である左眼からの手術としました。眼軸長も両眼とも23mm台前半と特殊性はなく、複数の術前度数計算でも同様の結果が提示されていましたが、念のため遠方ピッタリの+22.0Dと、1段近視寄りの+22.5Dの2つのレンズを準備して手術に臨みました。

まず左眼の手術ですが、当院では初めて使用するパンオプティクスプロ(PXYAT0)でしたので、念のため従来のパンオプティクス(CNATT0)の値も表示しつつ、使用レンズ度数を検討しました。

前述のように、術前検査結果では+22.0Dを使用予定でしたが、下図ORAシステムによる術中検査結果と、これまでの当院での術中全収差値とORAの予測屈折度を用いた回帰式計算結果により、最終的にORAシステムが術後屈折値-0.46Dと予測する、+22.5Dのレンズを選択しました。

EDOFと異なり、回折型の3焦点レンズは遠方ピッタリ、つまり0.0Dを目標としてあげた方が、異常光視症も最小限に抑えられますので、不必要に度数をずらして使用することは通常推奨されません。つまり、ORAシステムの予測値と実際の結果のズレを、当院の過去の手術データから回帰分析し、-0.14D目標の+22.0Dでなく、あえて-0.46Dと表示されるレンズを選ぶことで、結果的に0.0D(ピッタリ)に着地させるという意味です。

4. 【右眼の手術と視力推移】期待通りの近方視力と、眼鏡不要の生活の実現

上記のように-0.46D目標のレンズを選択したものの、下図のように左眼術翌日は+0.75Dの遠視となりましたが(下図青細枠)、術後5日目の1/13には遠視化も改善し、術後1週間の1/15、つまり右眼の手術日には-0.125Dと期待通りのほぼ0.0Dの屈折値となり(下図青太枠)、遠方1.5p/近方1.2pのスペックどおりの視力となりました。念のためやや近方にずらしたシミュレーションも行いましたが、やはり遠方視力が0.9pと低下してしまいましたので、右眼も左眼同様に0.0D目標のピッタリに合わせて、両眼加算効果を狙う方針としました。とはいえ、眼内レンズは0.5D刻みで製造されているため、小数点以下まで左右同じ屈折度にすることは不可能です。そこで当院では、わずかに屈折差が生じる場合、強いて言えば、より遠方・近方どちらを希望されるか、事前に確認しております。そして、この方はどちらかと言えば、やや近方をご希望されました。

右眼の手術も同様の手法で度数選択を行い、こちらは下図ORAシステムが提示する、-0.55D目標の+21.5Dのレンズを使用しました。

右眼も術翌日は+0.675Dの遠視となりましたが(上図レフ赤細枠)、左眼同様に術後4日目には+0.25D、術後11日目の1/26には+0.125Dほぼ0.0Dとなりました(上図レフ赤太枠)。

次に視力の推移ですが、下図のように、遠方は1.5~1.2近方40cmは1.2~1.0近方30cmも1.0~0.7と、遠方はもちろんですが、期待通りの近方視力に、眼鏡なしで朗読のお仕事も可能になったと大変満足していただけました。

乱視用のパンオプティクスプロ(パンオプティクスプロ トーリックも先行使用可能となって以来、当院では既に多くのパンオプティクスプロを使用してきておりますが、従来のパンオプティクスでは、30cmで1.0の視力が得られるケースは稀でしたので、パンオプティクスプロは、より近方視力が良好になっている(より近方まで見える)ことを強く実感しております。また、当院では1mの視力は測定しておりませんが、これまで3焦点レンズが苦手としてきた1m付近の視力向上の使用報告も聞いております。

5. 【専門的な解説①】光エネルギーロス6%がもたらす「異常光視症」の軽減

その他の、従来モデルとの最大の違い・メリットは、光エネルギーの損失を6%(従来モデルは12%)に抑えたことだと思っております。その根拠ですが、回折型レンズの光利用率は、可視光線における回折効率と人間の目の比視感度から、数学的に94%〜95%付近が上限となります。つまり、光学理論上どうしても約5%のロスが必然的に発生します。そこに、回折エッジ加工の限界による幾何学的散乱として約1%のロスが加わります。つまり、パンオプティクスプロ光エネルギーロス6%は、単層回折型レンズとして現時点の物理的限界に到達していると言えます。光エネルギー利用率が88%から94%に増加したことが、コントラストの向上に貢献することは理解しやすいと思われますが、より注目に値するのは、光エネルギーロスが従来モデルの12%から6%に低下、つまり半減したことによる異常光視症の軽減効果です。ロスした光は眼内で消滅するわけではなく、回折エッジで乱反射した光や、意図しない高次・低次へ向かった光は、散乱光となって網膜全体にランダムに降り注ぎます。 この散乱光は、視界全体に薄いベールをかけたようなノイズとなり、夜間の光源の周りのモヤ(グレア)を増幅させ、コントラスト感度を低下させます。つまり、光利用率を上げるロスを減らす)ことは、このような物理的なノイズ光源の総量そのものを減らすことに直結しますので、パンオプティクスプロは、従来モデルに比べてグレアやハロが薄くなることが期待され、実際に、ハロの輝度・明度が気にならないレベルに薄くなったという使用報告も聞いております。

ここで、異常光視症であるハロー(輪)グレア(散乱)の違いについて、少々追記させていただきます。ハローは光源の周りに見える「」であり、多焦点レンズが意図的に作っている「焦点が合っていない距離の像(ピンボケの円)」です。これは多焦点の構造上、光利用率が100%であっても必ず発生します。一方、グレアは、 光源の周りの「ギラつき・眩しさ・モヤ」であり、前述の「散乱ロス」が主原因であり、たとえ光利用率が100%の単焦点レンズを使用しても、ドライアイや硝子体混濁など、レンズ以外に起因するノイズによっても生じます。

先日、他院で右眼従来のパンオプティクスで手術された方の左眼パンオプティクスプロを使用しましたので、術後落ち着いたら左右差を聞かせていただき、ご報告させていただきます。

6. 【専門的な解説②】EDOF(焦点深度拡張型)との比較と、確実性の高さ

昨今、EDOF(焦点深度拡張型)を希望される患者様が増加していますが、両眼でのEDOFの明視域を最大化するには、症例ごとの緻密な最適化が不可欠です。対照的に、パンオプティクスプロは、ターゲット屈折値を正確に狙うことで、スペックどおりの遠方から近方までの多焦点視力が得られます。EDOFには屈折誤差に対する許容度が広い(ズレても視力が出やすい)という利点がありますが、高い精度でのレンズ選択・手術を行える術者にとっては、良好な遠中近の視力の確実性と再現性が高いパンオプティクスプロの方が、より扱いやすいレンズと言えます。

7. 【次世代レンズとの比較】「enVista Envy(エンビー)」の光学構造と弱点

パンオプティクスプロは、2025年5月に先行して米国で導入されて以来もうすぐ1年経過しますが、既に多くの実臨床データが蓄積され、遠方から近方までの視力の確実性が高く評価されております。しかしながら、それでもなお症例によっては、異常光視症が問題となっており、そしてより異常光視症が少ないレンズとして、同じ回折型3焦点レンズであるボシュロム社のEnvista Envy(エンビー)が、その代替として使用されることが多いようです。回折部分はレンズ中心の4.5mmとパンオプティクスプロと同範囲ですが、回折格子22stepsとパンオプティクスプロの15stepsよりも多いことを考えると、むしろ異常光視症が多くなるのではと思われます。一方で、回折段差を滑らかにし、かつ周辺に向かって段差をなくす(アポダイズド設計)ことで、瞳孔が大きくなる暗所時(瞳孔径3.5mm以上)には、遠方の光エネルギー配分を大きくして周辺部の純粋な屈折面だけを使えるようにすることで、結果として夜間異常光視症を軽減しています。ただし、その分、暗所時は近方視力は低下しやすくなります。対して、パンオプティクスプロのENLIGHTEN NXTテクノロジーは、瞳孔径4.5mmまで遠方50%・中近50%の配分を強制的に維持するため、比較的暗い部屋でも手元の見え方が落ちにくい構造です。

8. 【日米のライフスタイルの違い】なぜ日本の生活様式に「PanOptix Pro」が適しているのか

次世代レンズとして注目されるenVista Envy(エンビー)ですが、レンズ選びにおいては、国や文化によるライフスタイルの違いを考慮する必要があります。

米国は圧倒的な車社会であり、患者様の最大のクレームの1つは「夜間のハイウェイ運転におけるハロー・グレア(異常光視症)」です。そのため、米国では夜間の見え方を最優先し、パンオプティクスから異常光視症を抑え込んだエンビーへ入れ替えることで不満を解消するケースも報告されています。

しかし、日本の都市部においては車社会ではなく、夜間の長距離運転をされる方は限られます。さらに、日本人は体格的・文化的に「読書距離」が欧米人よりも近く(約30〜40cm)、複雑な漢字をスマートフォンや本で読むため、「手元のピントの確実性」が重視される傾向があります。

暗い場所で瞳孔が開くと遠方へ光を回してしまうEnvy(アポダイズド設計)では、日本の薄暗い寝室やリビングでの手元の見え方に弱点が生じます。対して、どのような明るさでも近方へ確実に光を分配し、光利用率の高さロス6%)で、手元の細かな文字をくっきり見せるパンオプティクスプロの構造は、実は日本の生活様式やニーズに極めて合理的に合致していると考えられます。

9. 【まとめ】最適なレンズ選びは「徹底的なライフスタイル分析」から

今後も新しい多焦点レンズが出てくると思われますが、どのレンズが優れているかという単純な答えはありません。何がベストかは、患者様の生活環境や趣味によって一人ひとり完全に異なります。当院では、最新のトレンドやスペックだけに流されることなく、患者様のライフスタイルを徹底的に分析した上で、一生に一度の手術に最適なレンズをご提案いたしますので、レンズ選択に不安のある方はご相談ください。

追記ですが、先日、他院で右眼従来のパンオプティクスで手術された方の左眼パンオプティクスプロを使用しました。術後落ち着きましたら、患者様のリアルな左右差(ハロー・グレアやコントラストの違い)の感想をお聞きし、ご報告させていただきます。

10. 【参考資料】回折型多焦点レンズ比較表

参考までに、回折型レンズの比較として、5焦点レンズのINTENSITYインテンシティ)、3焦点のパンオプティクスプロ、同じく3焦点enVista Envy(エンビー)の、スペック比較表を掲載しておきます。

比較項目 Intensity
インテンシティ
PanOptix Pro
パンオプティクス プロ
enVista Envy
エンビー
構造 5焦点
独自のDLUアルゴリズムによる回折型3焦点プラス≒5焦点レンズ
3焦点
ENLIGHTEN NXTテクノロジーによる回折型3焦点レンズ
3焦点(フルレンジ)
ActivSync技術による前面アポダイズド回折型・後面屈折型の複合設計
回折ステップ数と範囲 12steps/6mm(光学部全面) 15steps/光学部中心4.5mm 22steps/光学部中心4.5mm
(ClearPath技術によるエッジ平滑化
素材・色 25%親水性アクリル
色:ナチュラルイエロー

クリアに近い色調のため、色調の鮮明度や夜間の明るさを重視する方に適しています。

Clareon疎水性アクリル)
色:イエロー(着色あり)

天然の水晶体に近い色調(イエロー)で、有害な青色光をカットし、最新素材により長期的な透明度を維持します。

TruSight疎水性アクリル)
色:クリア無色透明

グリスニングフリーで長期的な透明性を維持し、自然な色覚を提供します。後面屈折型による精密な収差補正が特徴です。

加入度数 +1.5D / +3.0D
(中間域に2つの補正焦点を配置)
+2.17D / +3.25D
(実用的な中間と近方に特化)
+1.6D / +3.1D
(現代的なマイルドな中間と近方に設定)
焦点距離 遠方、133cm80cm、60cm、40cm
(5つのポイントで連続的にカバー)
遠方、(120cm)60cm、40cm
(スマホ・PC作業に最適な距離を強調)
遠方、約66cm、約40cm
(デスクトップPC作業やダッシュボードの距離に最適化)
光利用率 93.5%
(光散乱6.5%)
94.0%:従来のPanOptixは88%
光散乱6.0%:従来のPanOptixは12%)
非公表
(※構造上のベース光散乱は約12〜15%程度発生するが、エッジ平滑化によりノイズを抑制)
エネルギー配分 遠方45%/中間 27.5%/近方27.5%
(全域にバランス良く分散)
遠方50%/中間25%/近方25%
(遠方の鮮明度を重視した設計)
【瞳孔径により変動(アポダイズド)】
明所(3mm):遠方40-45%/中間:25%/近方30%
暗所(4mm〜):遠方75-80%/中間:8-10%/近方10-12%
作成度数 +10.0D 〜 +30.0D
(乱視用:Toric対応)
+6.0D 〜 +30.0D
(乱視用:Toric対応)
0.0D+34.0D
(乱視用:Toric対応)
特徴 切れ目のない自然な視界:焦点間の視力低下が少なく、室内での家事やデスクワークなど、視線移動の多い方に適しています。 鮮明なコントラストと高い満足度:光の散乱を極限まで抑え、特にスマホ(40cm)やPC(60cm)などのデジタル作業に強いのが特徴。 PC作業と夜間運転時のクリアな視界の両立:暗所では遠方に光を回してハロー・グレアを抑え、昼間は66cmのPC距離にピントが合う。薄暗い場所での手元の見え方には弱点がある。

2026.03.22

Q.手術前はどのような状態でしたか?

遠くも手元も見えにくかった。

Q.手術を受けようとしたきっかけは何ですか?

老眼が進んできたこと。メガネの掛け替えが面倒。

Q.手術中に痛みはありましたか?

小さい痛みはあった。

Q.手術後の見え方はいかがですか?

本を読みやすくなった。

Q.日常生活(お仕事、運転、スポーツなど)で変わったことはありますか?

読書や調理がしやすくなった。

Q.多焦点レンズと単焦点レンズのどちらを選ばれましたか?

眼鏡を使用したくなかった。

Q.同じような症状で困っている患者さんがいるなら、手術を勧めますか?

勧める。
手術実績が多いから。