- 多焦点眼内レンズ
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武蔵野市70代女性 白内障手術症例#57 不満例 強度近視(連続焦点型多焦点レンズ:テクニス シナジー TECNIS Synergy)
眼科検診で白内障を指摘され、近医大学病院の眼科ドクターに当院を勧められたとのことで初診された方です。
両眼とも28mmを超える長眼軸眼(強度近視)でしたので、てっきり核白内障かと思いましたが、核硬度Grade1.5程度の皮質混濁を左眼に認めました。矯正視力も左眼は0.6と低下しておりましたが、右眼は頑張ればまだ1.0~1.2程度と比較的良好な矯正視力でした。
左眼術前スリット写真 左眼術前眼底写真
左眼のみの手術という選択肢もありますが、コンタクトレンズ装用者ではなく常に眼鏡を使用している方でしたので、その場合は治せる強度近視を治さず右眼に合わせる必要があること、遠方裸眼視力は0.03と不良である上に、年齢的に調節力はゼロになっていることから、まだ軽度の白内障である右眼を手術することにもデメリットはほとんどないことをご説明させていただきました。
ご相談の結果、お仕事がピアノ教師であり、遠方も近方も60~70cmの楽譜距離も裸眼で見えるような多焦点レンズでの両眼手術をご希望されました。
下図OPDscanⅢの青枠内が示すように、左眼は皮質混濁により眼内高次収差が0.728µmと非常に増大し(左列)、黒点が非常に歪んでしまい視力低下をきたしているのが分かります(右列)。また、赤枠内の角膜球面収差・高次収差は低値できれいな角膜形状でしたが、両眼とも緑内障が疑われる視神経の変形を認めましたので、術前に緑内障性視野障害がないことを確認し、多焦点レンズ適応ありと判断しました。
左眼OPD scanⅢ
レンズに関してご相談したところ、夜間運転機会もないとのことでしたので、楽譜距離をカバーでき眼鏡無しでの生活を目標として、近方30cmから遠方まで連続的に見える多焦点レンズである、テクニスシナジーをご提案させていただきました。
まずは視力不良の左眼からの手術となり、目標屈折度も遠方を犠牲にすることなくピッタリ遠方に合わせ、術後は屈折誤差も生じず期待どおり裸眼にて遠方1.5・近方1.2と大変良好な視力になりました。
左眼術後スリット写真 左眼術後眼底写真
しかしながら術後に、ご自分でピアノを弾く際には大丈夫だが、「生徒さんの後ろに立っての指導時に思ったよりも楽譜距離が見えにくい」との訴えがありました。60~70cmの距離からの楽譜の小さい文字を見るということは、通常でもかなりハードルが高い条件かと思いますが、メーカー提供の焦点深度曲線ではテクニスシナジーは1m程度に軽度の落ち込みがあるものの、60~70cmは0.8以上の視力が確保できると結果でしたので、両眼加算効果を狙い右眼もピッタリ遠方合わせで同様の手術となりました。
右眼も術後裸眼視力は、遠方1.5p・近方1.2と大変良好な結果となりましたが、やはり両眼視になってもピアノ指導時の楽譜の見えづらさは、満足いくレベルには改善されませんでした。慣れを期待していましたが術後1ヶ月目でも不満は解消されず、60~70cmを見るためだけの眼鏡を作成することとなり、残念ながらご期待に沿いかねる結果になってしまい大変申し訳なく思いました。
本症例を経験して、以前にテクニスシナジーを使用した方で、遠近視力は1.2以上と良好でも、60cmほどのデスクトップパソコンあたりがやや見えにくいと言われた方が、他にも1名おられたことを思い出しました。そしてメーカー提供の焦点深度曲線では、テクニスシナジーよりやや劣るはずのパンオプティクスでは、私の使用経験上、60~70cm程度の見えにくさの訴えは皆無でした。
(※焦点深度曲線はこちらをご参照ください。https://morohoshi-ganka.com/news/741)
回折型3焦点レンズであるパンオプティクスは、本当は構造上4焦点であり、40cm/60cm/120cm/遠方に焦点が合うレンズですが、120cmは遠方に含まれるため「3焦点レンズ」として販売されております。これまでの典型的な3焦点レンズは中間焦点距離を80cmに設定していましたが、パンオプティクスは、より実用度の高い60cm(腕を伸ばした距離)に設定している点が特色です。そして、80cm距離も他社3焦点と同等の視力を得ることが可能とされています。こちらはあくまで想像の域を出ませんが、先のメーカー提供データとは異なり、60-70cm付近は、ピンポイントで焦点のピークを持つパンオプティクスの方が感覚的に見やすい可能性があるのではと考えます。
パンオプティクス(PanOptix)焦点深度曲線(ALCON社提供)
2021年10~11月、当院での多焦点レンズ希望者の63%の方は、新しさとスペック的な優位性から、「見える幅が最も広い」「30cmまで見える」ということに魅力を感じてテクニスシナジーを選択され、26%の方がレンティスコンフォートを選択、残り11%の方がその他の多焦点レンズを選ばれておりましたが、この方のように近方30cmよりも60-70cmあたりの視力が重要と考える方は、確実性を考慮してパンオプティクスを選択された方が良いかもしれません。
回折型多焦点レンズは種類も増え性能も拮抗し、患者様もどれを選択すべきか悩ましいと思います。なかなか決め手がなくレンズを決定できない方は、30cmならテクニスシナジー、60cmならパンオプティクス、1m付近なら5焦点レンズのインテンシティー(INTENSITY)といった、それぞれのレンズの特徴的な焦点距離と、ご自分の見たい距離の重要性で選択されると、後悔しない結果を得られるのではないかと考えます。もちろん専門家の観点からのアドバイスもさせていただきますので、ご希望の方はぜひ診察時にご相談ください。
2021.11.28
- Q.手術前はどのような状態でしたか?
眼鏡が合わなくなった。楽譜が見えなくなった。
- Q.手術を受けようとしたきっかけは何ですか?
同上
- Q.手術中に痛みはありましたか?
なし
- Q.手術後の見え方はいかがですか?
遠方も手元もよく見えるようになった。
- Q.日常生活(お仕事、運転、スポーツなど)で変わったことはありますか?
家の内外の掃除に励むようになった。
以前、見えていなかったホコリ・ゴミ・汚れに気づいたので。- Q.多焦点レンズと単焦点レンズのどちらを選ばれましたか?
多焦点。広範囲を見渡せるようになると思ったので。
- Q.同じような症状で困っている患者さんがいるなら、手術を勧めますか?
ピアノ教師をしていますが、ピンポイントで見たいと思う場合は、私のように少し見づらさが生じることもあるので、そのことを伝えたいと思います。