診療内容

白内障手術症例集
多焦点眼内レンズ

杉並区70代女性 白内障手術症例#83 遠視眼 アニメーションデザイナー(右眼:クラレオンパンオプティクストーリック/左眼:ファインビジョンHP:POD F GF

  • 術前

    右眼
    遠見:0.3 (1.2)
    近見:0.2 (1.2)

    左眼
    遠見:0.9 (1.2)
    近見:0.3 (1.2)

  • 術後

    右眼
    遠見:1.5 (i.d.)
    近見:1.0 (1.2p)

    左眼
    遠見:1.2 (1.5)
    近見:1.0 (1.2)

4年ほど前に眼窩蜂窩織炎にて当院初診されたことがある方ですが、徐々に白内障が進行し遠視化により裸眼視力が低下してきたため、白内障手術をご希望にて久しぶりに再診されました。

白内障の程度は年齢相応のごく普通の加齢性の白内障であり、矯正視力も何とか1.2まで出ましたが、皮質混濁による霧視を自覚されておりました。白内障の進行度からも手術そのもののリスクは高くないと思われましたが、アニメーションデザイナーをされており、見え方の質が重要と考えられましたので、単焦点レンズでの手術を前提にレンズの説明をさせていただいたところ、眼鏡不要になるのであればと多焦点レンズをご希望されました。

ご相談の結果、お仕事柄40cm程度のパソコン距離手元の資料のための近見距離が重要とのことで、ファインビジョンHP(POD F GF)をご希望されましたが、右眼角膜倒乱視が1.0Dほどあり、乱視用のないファインビジョンHPはお勧めできない眼でした。一方、左眼は0.13Dとほぼ角膜乱視がない眼でしたので、当初のご希望通りファインビジョンでの手術も可能でした。そこで、右眼乱視用3焦点レンズであるクラレオンパンオプティクス・トーリック左眼は、右眼の見え方で満足してしまえば同じくパンオプティクスでも、結果によってはファインビジョンHPの手術でも可能な旨をご説明したところ、ご了承いただけました。

まずは右眼の手術ですが、術前の予測どおり白内障摘出までは問題なく終了し、術中波面収差解析装置(ORAシステム)での測定となりました。ORAシステム推奨のレンズ度数乱視度数は術前予測値と同様でしたので、安心して度数選択を行いましたが、術中の乱視軸はやや術前予測値と異なっていました。ORAシステムの表示する乱視軸はリアルタイム実測値ですので、予測式のような術後の創傷治癒過程による角膜乱視の変化を考慮したものではありません。なお乱視用レンズの軸ズレは15度ズレると乱視矯正能は50%に減ると言われておりますし、多焦点レンズは単焦点レンズよりも残余乱視による不具合が出やすいと報告されております。リアルタイム値と予測式の値のどちらを信用するかは難しい問題です。乱視には色々な要因があり複雑ですので、角膜乱視だけからの予測値よりも、水晶体がない状態での眼球全乱視の値を得ることができることはORAシステムのメリットの1つでもあり、実際に眼球全乱視の情報を参考にすることで当院では良好な結果を得ております。この方もリアルタイム値を考慮して乱視軸調整を行った結果、下図OPD scanⅢの右下の乱視情報から分かるように、全乱視ゼロにすることができました(ちなみに、ORAシステムは、測定前には眼圧を21mmHgに調整しないと正確には測定できませんが、多少眼圧が前後しても予測度数はそれほど変わわらない一方、乱視軸はかなり変化するので注意が必要です)。

右眼の術後視力は、屈折誤差もなく乱視もゼロにできたためか、術翌日からすでに遠方1.5/近方1.0と良好でしたので、左眼もこのままパンオプティクスで良いのではと思いましたが、やはり可能ならばとファインビジョンHPでの手術をご希望されました。術者側からすると、左右同じレンズの方が度数ズレの傾向がつかみやすく安心なのですが、もちろん患者様のご希望を優先して、バックアップレンズを複数準備して手術に臨みました。

左眼の水晶体摘出も問題なく終了し、ORAシステムで測定しレンズ度数選択を行い手術は無事終了しました。術翌日の裸眼視力は遠方1.0/近方0.9でしたが、術後10日目には遠方1.2/近方1.0と、右眼とほぼ同様の良好な視力に落ち着き、お仕事のパソコン作業はもちろん、趣味の刺繍も眼鏡なしでできるようになったと大変喜んでいただけました。また中間距離の視力測定はしておりませんが、焦点距離は右眼60cm/左眼75cm程度ですので、両眼で補い合うことで途切れない連続した見え方になっていることも満足度のプラス要素になっているようでした。

右眼パンオプティクス/左眼ファインビジョンHPの組み合わせで左右別々のレンズを選択された方は当院で初めてでしたので、ご協力いただき左右の見え方の違いを伺ったところ、「右眼のパンオプティクスの方がシャープに見える。近方の見え方は左右変わらない。ハログレアなどの異常光視症左右差分からない。」と言われておりました。

スペック上のレンズ面での近方加入度数は、パンオプティクス+3.25D/ファインビジョン+3.50Dとその差0.25Dであり、角膜面換算にするとわずか約0.175D程度になりますので、確かに違いを感じとれる程度ではないかも知れません。その他、光エネルギーの減衰と配分を考慮すると、近方へのエネルギー配分は、パンオプティクスで遠方44%/中間22%/近方22%(全体として12%のロス)、ファインビジョンHPでは遠方42%/中間15%/近方29%(全体として14%のロス)が近方に割り振られますので、ファインビジョンHPの方が、7%ほど近方配分が大きいため、その点が特定の条件下でのファインビジョンHPの良好な近見視力に影響しているのかも知れません。

パンオプティクスのシャープさがどこから来ているのか調べるために簡易的にコントラスト感度検査も行ってみました。下図から分かるように、じゅうぶん明るいところ(□昼間視)では左右差ありませんでしたが、薄暗いところ(■薄暮視)では、予想に反して左側のファインビジョンHPの方がコントラスト感度が高いという結果になりました。つまりこの症例の方が感じていた右眼のシャープさはレンズの違いによるコントラスト感度から来るものではなく、おそらく残余乱視がゼロであることによる可能性が高いと考えられました。また、ファインビジョンHPは薄暮時でもコントラスト感度が落ちにくいことも示唆されましたが、こちらは瞳孔径が大きくなってもハログレアなどが増大しないように、遠方光エネルギー配分70-80%と大きくするアポダイズ構造によるものと思われます。しかしながら同時に相対的に近方への配分は減少するため、暗所での近方視力が重要な方には注意が必要です(※なお、パンオプティクスでも薄暮視にほとんどコントラスト感度低下しない方も多くおられますので、あくまで本症例の条件下での結果とご理解ください)

今回は個人的には、多焦点レンズの機能を最大限に発揮させるためには、わずかな加入度数の差よりも、厳密な乱視矯正の方が重要であることが再確認された症例となりました。また、回折型という同じタイプの多焦点レンズであれば、異なる種類でも弱い点を補い合い比較的安全に使用するこができると思われました。しかし最近当院では、波面制御型Vivity回折型パンオプティクスと異なるタイプの多焦点レンズを左右に使用する症例が非常に増えており、満足度の高い結果を得ておりますので、多焦点のタイプやわずかな加入度数の違いはそれほど問題にならず、それよりもしっかりと残余乱視を減らせるレンズを選択することの方が重要かも知れません。残念ながら現時点ではクラレオン Vivityの乱視用は国内使用できませんが、強度近視用low powerレンズ数か月で使用可能になるようですので、検討されている方は緊急性なければそれまで手術をお待ちいただいた方が良いかと思われます。次回からは上記Vivity/パンオプティクスの組み合わせの症例をいくつか掲載させていただこうかと思いますが、レンズの使用順番が満足度に影響するような傾向が見られておりますので、ご興味のある方はチェックしていただければと思います。

2024.02.07

Q.手術前はどのような状態でしたか?

近中間がほとんどボワーっとして見えなかったです。いつも眩しかったです。

Q.手術を受けようとしたきっかけは何ですか?

仕事で絵を描くのでクリアに見えたかったからです。

Q.手術中に痛みはありましたか?

痛みは、なかったです。

Q.手術後の見え方はいかがですか?

全てのトーンが上がり明るく、見る景色が変わりました。

Q.日常生活(お仕事、運転、スポーツなど)で変わったことはありますか?

PCを使いアニメーションの精密な絵を描くので、メガネが要らなくなりました。手元では絵や刺繡をしますが、良く見えています。

Q.多焦点レンズと単焦点レンズのどちらを選ばれましたか?

最初じゃ単焦点レンズと思っていましたが、説明を伺って、全体が見える方が仕事もやりやすくなると思い、多焦点にしました。

Q.同じような症状で困っている患者さんがいるなら、手術を勧めますか?

勿論、勧めます。信頼していましたから選びました。