診療内容

白内障手術症例集
多焦点眼内レンズ

神奈川県大和市70代女性 白内障手術例#78 軽度近視眼+術後Negative Dysphotopsia:ネガティブディスフォトプシア(波面制御型EDOFレンズ:Clareon Vivity:クラレオン・ビビティ)

  • 術前

    遠見:0.2(0.9)
    近見:0.5(0.9)

    遠見:0.5(1.0)
    近見:0.2(1.2)

  • 術後

    遠見:1.5p(1.5)
    近見:0.7 (1.2)

    遠見:1.2(1.5)→ROC後:1.0 (1.5)
    近見:0.8(1.2)→ROC後:1.2p(1.2)

当院2例目のClareon Vivity(クラレオンビビティ)の症例です。もう少し早めに掲載する予定でしたが、術後に異常光視症の1つであるネガティブ ディスフォトプシアNegative Dysphotopsia:ND)が発生し、その解決に時間がかかったため掲載が遅くなりました。

白内障手術相談にて2022年10月に初診された方です。当院で手術されたお知り合いからのご紹介とのことで、その方と同じテクニスアイハンスをご希望されました。お仕事で指揮者をしており楽譜を見るほか、夜間も含めて運転機会が多くあり、なるべくハッキリ見たいとのご希望でした。
右眼優位な強い皮質混濁を主体とした白内障を認め、自覚症状どおり矯正視力も低下していたためご希望にて1月末に手術予約をし、レンズの種類と目標距離に関しては、ご希望のアイハンスを軸として検査の過程で決めていくこととしました。

楽譜距離70cm程度であり団員の顔や客席も見たいとのことでしたので、アイハンスで1.3m(約-0.75D)を狙えば0.5Dの加入度数により1/(0.75+0.5)=80cmまでは確実に見える計算になります。しかしこの屈折度では遠方の団員の表情や客席を見ることは難しいと思われ、アイハンスで患者様のご希望を叶えるには、0.75D程度のミニモノビジョンは必須となると思われました。

2023年1月に手術直前の最後の診察に来られた際に上記お伝えし、加入度数約1.5Dアイハンスの3倍かつハログレアも単焦点と同等であるクラレオン ビビティ(Clareon Vivity)の方がより確実に、ご希望の結果をもたらすことができる可能性が高いことをご説明させていただきました。当時の情報では、4月にはVivityの先行使用ができそうな見込みでしたのでその旨お伝えしたところ、可能であればそれまで手術を延期してVivityを使用して手術を受けたいとの申し出があり、緊急性のない通常の白内障でしたので患者様のご希望どおり4月に手術の予定をリスケジュールすることとしました。

1.5Dの加入があれば遠方ピッタリを狙っても、1/1.5=67cmは確実に見える計算になり楽譜距離は確実にカバーされます。この方は眼軸長は24mm台と標準的な軽度近視眼であり、もともと比較的視力が良かった方でしたので、右眼の手術は遠視化しないギリギリラインの-0.20D程度を目標としてレンズ選択を行いました。特殊性もない、いわゆる普通の加齢性の白内障でしたので、混濁した水晶体をスムーズに摘出することができ、ORA Systemを用いて術中波面収差解析を行い、術前の予測式とほぼ同様の結果が確認されましたので、予定通りの度数のレンズを挿入して手術は問題なく終了しました。術後屈折度はほぼ狙い通りの-0.125D(術後1ヶ月値)となり右眼は裸眼にて遠方1.5p/近方0.7の視力に改善し、スペックどおりの結果にご満足いただきました。

遠方と楽譜距離が見えるようにというご希望は既に満たされておりましたので、左眼やや近方目標をご希望されましたが、あまり近方にずらしてしまうと、夜間運転時にピントがあっていないことによる光のにじみが出てしまい、せっかくのVivityのメリットが発揮されづらくなるため、やや控えめに-0.42Dを目標として手術を行いました。こちらも術後屈折度は狙い通り-0.375D(術後1ヶ月値)となり裸眼にて遠方1.5p/近方0.8の視力に満足していただけました。

術後1か月時点でのアンケート結果は下記になるのですが、左眼の耳側に黒い三日月状の影、いわゆる眼内レンズのエッジ部分の影によると思われるネガティブ ディスフォトプシアNegative DysphotopsiaND)が生じ気になるとの訴えがありましたが、自然軽快を待ちましょうということにして経過観察としておりました。NDは術翌日~数日は決して珍しくない症状ですが、通常術後1か月程度で自然に解消されるます。原因は正確には分かっておりませんが、虹彩面とレンズ面の距離(Gap)への光の差し込み具合により、レンズのエッジの影が網膜に映り生じると考えられており、黒く見える場合をNegative Dysphotopsia、光って見える場合をPositive Dysphotopsiaと分類されています。臨床的に問題になることは少なく、通常は様子を見るだけ(患者様に慣れてもらうだけ)のことが多いですが、治療方法としては、レンズエッジまで光が届きづらくするために通常よりも大きいレンズに入れ替え、虹彩面とレンズ面のGapを小さくするために固定位置を水晶体嚢内でなく水晶体嚢の上嚢外固定)にすることや、アドオンレンズのようにもう1枚レンズを挿入したり、前嚢切開縁をレーザーで拡大することなどで解消したとの報告もあります。実際のところ、私自身はこれまで入れ替え手術が必要となるような重度のNDの経験はありませんでした。また最近では、支持部水平方向になるように固定した方が有意にNDの発生が少ないとの報告もあり、当院では特別な理由がない限り水平方向にレンズを固定しておりますが、それでもこの方には重度のNDが生じてしまいました。

その後、術後2ヶ月以上経過しても左眼のNDは一向に改善せず、常に見えて非常に気になるとのことから、①もう少し様子を見る、②Vivityを摘出して7mm径の大きい単焦点レンズに入れ替える(Vivity含め通常のレンズは6mm径)、③Vivityの光学部のみを嚢外にずらすReverse Optic Capture(ROC)をしてみる、の3つの選択肢を提示させていただきました。症状が強く耐えがたいとのことであり①以外の選択肢をご希望されましたが、③で解決しない場合でも、その後に②を行うことは可能ですので、せっかくのVivityを摘出してしまうより、まずは③のROCをしてみることに承諾いただきました。

Reverse Optic Capture(ROC)とは水晶体嚢内支持部はそのままに、レンズ光学部のみを水晶体嚢外(嚢上)にずらして固定する方法です。ちなみに通常のOptic Captureは、チン氏帯脆弱時や後嚢破損時に、3ピースレンズの支持部嚢外の毛様溝に固定し、レンズ光学部のみを水晶体嚢内に入れて固定する方法ですので、その逆という意味での"Reverse"となります。

術後2か月以上経過しておりましたが、予想よりもレンズ面と前嚢切開縁の癒着は軽度であり安全に剥離することができました。レンズ交換の際は次に支持部を剥離してくのですが、今回は支持部は水晶体嚢内のままで、レンズ光学部のみ嚢外(前嚢上)にずらすだけですので、交換よりも遥かにストレス少なく1mmの角膜サイドポートからのみで行えます。経験上レンズ入替の際は、アルコン社のレンズ支持部の先端の癒着が強く苦労するのですが(そのため乱視用レンズが回転しにくいのかも知れません)、ROCを行う際には支持部は水晶体嚢内に留まってほしいので、むしろ支持部先端が水晶体嚢赤道部と癒着してくれていることは度数ズレ抑制にもプラスに働いてくれたようです(ちなみにJ&J社のレンズ光学部と支持部の接合部のくぼみの癒着剥離に苦労します)。下図は術中のものですが、ROC前の嚢内固定状態では青矢印部分前嚢切開縁であり、レンズ光学部・支持部とも全て嚢内に位置していますが、ROC後レンズ光学部のエッジの黄色矢印部分前嚢切開の上つまり嚢外に位置していますので、テンションがかかり前嚢切開縁がやや横長になっていることがお分かりいただけるでしょうか?ちなみに前嚢切開径がレンズ径の6.0mmより大きい場合はROC自体ができませんし、小さすぎても前嚢切開縁に負担がかかり危険度が増しますので、常日頃からイメージガイドシステムを使用して手を抜かずきちんと5.5mm径の前嚢切開を作成しておいて本当に良かったと感じました。

ROCは特にトラブルなく終了し、簡便で短時間・低侵襲の手術ですので術当日から眼帯を外していただきました。ROCによるNDの改善は約70%程度と報告されておりますので心配でしたが、術後3時間ほど経過した時点で「影が消えてます!」とご連絡いただきホッとしました。しかしながら良いことばかりではなく、ROCではレンズ面が角膜寄りの前方にシフトするため屈折度が変化し近視化するため遠方視力は低下します。通常の嚢外固定の場合はレンズ度数によりますが、0.7~0.8D程度は近視化してしまいます。支持部が嚢内にあるROCの場合はそれ以下には収まってくれるはずと考えておりましたが、最終的には0.5Dの近視化で済んでくれました。そのためROC前の裸眼での遠方視力1.2が0.9に低下しその後1.0に回復、近方視力0.8が1.2pに改善する結果となりました。右眼が遠方1.5pと良く見えているため、両眼視力としては遠方視力の低下なく、むしろ近見視力がUPNDも解消され、結果として患者様には大変喜んでいただけました。さらにROCのため近視化した分を差し引いた度数のレンズを入れ替えることも可能な旨もお伝えしましたが、幸いにも遠方視力の低下よりもスマホがしっかり裸眼で見えるようになったことの方がメリットと感じていただけたため、入れ替えまではご希望されませんでした。

NDは「慣れるしかないので様子見ましょう」とされることが多いですし、実際に自然に解消することも多く、私自身も過去にはそうした対応をしておりました。しかしながら今回は、患者様から「影は本当に鬱陶しいものでした。影に悩まされてネット検索もいろいろしてみましたが、その内に気にならなくなりますという説明に我慢している方が多いのではと思いましたので、ぜひそのような方々のお力に」とのこともあり、もっと良い解決方法があったかも知れませんが、NDの対処方法の1つとして掲載させていただきました。特にこの方のように屈折変化さえ許容できれば、多焦点レンズの機能を温存することもできますし、例えば遠視ズレしてしまった方のレスキューとして、アドオンレンズや入れ替え手術よりもはるかに簡便で短時間かつ侵襲度も低く経済的にもメリットの大きい手法と思われます。

最後にVivityに関してですが、他覚的な屈折度変化が全くないにもかかわらず、術後経過の中で裸眼視力が変化することを多々経験しておりますが、患者様に聞いてもほとんどの方はその自覚はないようです。レンズ中央の波面制御部分が瞳孔内を占める割合で見え方が変化する可能性もあり、慣れるまでに少々時間がかかるのかも知れません。症例#77の方も術後2か月時点では左眼も近方視力0.9と改善しており、条件が許せば左右時間をあけて手術しても良いかも知れないと感じておりますので、引き続き情報をアップデートさせていただきます。

※なおNDはVivityそのものとは関係なく、上記のような患者様の眼の構造上の特性による原因が主であり、基本的にはどのようなレンズにも起こりうる症状ですので誤解のないようお願い致します。

2023.7.26

Q.手術前はどのような状態でしたか?

雨の日とか、トンネル内で白線が見えにくく照明もまぶしかったので、運転にとても気を遣っていました。

Q.手術を受けようとしたきっかけは何ですか?

視力が落ちてきた事、まぶしさが酷くなった事などで決心しました。

Q.手術中に痛みはありましたか?

片方はチクっとした痛みと最後の圧迫感がありましたが、もう片方は痛みも違和感もまったくありませんでした。

Q.手術後の見え方はいかがですか?

遠方の視界がはっきりして安心して運転できてます。トンネルも夜間も大丈夫です。

Q.日常生活(お仕事、運転、スポーツなど)で変わったことはありますか?

合唱の指揮をしていますが、譜面台の楽譜も団員の表情も自然にはっきり見えます。ホールのかなり遠くまで見えると思います。

Q.多焦点レンズと単焦点レンズのどちらを選ばれましたか?

自分の希望にピッタリでした。新しいレンズでしたので不安もありましたが良かったです。

Q.同じような症状で困っている患者さんがいるなら、手術を勧めますか?

勧めます。友人の紹介でしたが、生活への希望をていねいに考えて頂いて、レンズのアドバイスをして下さいました。