- 多焦点眼内レンズ
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神奈川県川崎市50代男性 白内障手術例#77 軽度遠視眼(波面制御型/焦点深度拡張型EDOF多焦点レンズ:Clareon Vivity:クラレオン・ビビティ)
5年前から他院で白内障指摘されており、「手術した方が良いか?」と紹介状なく初診されました。
矯正視力は1.0-1.2と比較的良好でしたが、下図のように瞳孔領に及ぶ強い皮質白内障を認め眼底は透見不良であり、視力の数値だけでは評価できない視機能障害は明らかでした。
「手術した方が良いか?」とよく質問されますが、白内障手術の時期は本人の希望と術者の技量次第としかお答えできません。もちろん白内障による視機能障害があることが前提ですが、白内障手術とは手術してでも視力を改善したい方がする手術ですので、数値としての視力が不良でも、現在の視力で満足できている方は手術する必要はないと考えております。もちろん進行しすぎれば術中合併症のリスクも増えますが、その点をリスクと考えるかどうかは術者次第となります。ですので合併症がない限り、当院では積極的に手術を勧めることはせず、手術すれば視力が上がるかどうかを評価するにとどめ、手術時期に関しては患者様の希望次第とさせていただいております。ですので実状は、この方より軽度の段階で手術希望される方もおられますし、この方より進行していても手術されない方もおられます。
初診時は、白内障による視機能不良を示唆するOPD ScanⅢの内部高次収差(下図赤枠)も高値でしたので、現在の視力低下の原因はほぼ白内障のみによるものであり、手術で視力改善できること(=他の視力低下をきたす疾患がないこと)と、通常の手術に耐えうる眼であること、ご希望であれば多焦点レンズも適応あることをお伝えし、手術ご希望あれば再度来ていただくこととしました。
その後10日後に手術希望にて再診され、「登山が趣味で遠方の景色をはっきり見たいが、カーナビも見たいし夜間運転機会もあり。できれば手元の資料も見たい」とのことで、ご自分で色々とリサーチされ、レンティスコンフォート・単焦点、そして当時は一般眼科医にもあまり知られていないALCON社のClareon Vivityも考えているとのことでした。軽度遠視のため遠近両用眼鏡を使用されており、老眼鏡使用は許容できるがハロ・グレアといった異常光視症のリスクは避けたいとのことで、最終的に単焦点・アイハンス・Vivityで悩んでいただくこととしました。当時はVivityの国内承認もとれておらず使用開始時期も未定でしたが、ご提案のあったVivity使用の可能性も考慮して4月に手術予約としていただきました。
幸い手術2週間前の術前最後の診察時にはVivity先行使用可能となっておりましたので、角膜乱視も0.75D以下であり、瞳孔径も3.45/3.56mmとじゅうぶんVivityの機能が発揮されうる大きさでしたので、ご希望であれば使用できる旨お伝えしたことろ、Clareon Vivityでの手術をご希望されました。
もとより右眼で近方、優位眼の左眼で遠方を見ているとのことで、より視機能障害の強い非優位眼の右眼からの手術をご希望されました。Vivityのスペック外の実臨床的な明視域は正確にはまだわからない状態でしたので、最初から近方優位に合わせることに若干抵抗がありましたが(遠方を犠牲にせずピッタリに合わせても近見が見える可能性もゼロではないため)、確実性を優先して右眼は近方優位の目標設定としました。術前のレンズ度数計算に関しては、下図のように複数の計算式結果と、すでに最適化されている旧Acrysof Vivityの計算結果も参考にして手術にのぞみました。
右眼の手術は、緊張のためか力が入り眼が動きやすい方でしたが白内障摘出は問題なく終了し、上図のとおり角膜屈折度が41.82Dと通常よりフラットなプロポーションの眼でしたので、ORAシステムを使用して術中波面収差解析を行いました。AcrysofからClareonと素材が変わった上に、日本で先行販売され未だ世界的にはレンズ使用数が少なくレンズ定数の最適化の信頼度が心配でしたので、術中にClareon Vivity、Acrysof Vivity、同じプラットフォームのClareon単焦点の3つの結果を比べてレンズ度数を選択を行いました。
術翌日の裸眼視力は遠方1.5p/近方0.8と予想よりは近方不良、術後4日目・1週間目には目標どおりやや近視化したことに慣れも加わってか、遠方1.2/近方1.2と遠近とも良好な視力に満足いただきました。なお術後1ヶ月以上経過しておりますが他覚屈折度・裸眼視力とも変化ありません。
これまでVivityを複数症例使用した経験としてですが、Vivityは焦点深度拡張型(EDOF)レンズですので、屈折度検査器で測定する他覚屈折度と視力検査時の自覚屈折度に、~-0.50D程度の差があるように思われます。こちらは同じくEDOFのテクニスシンフォニーや連続焦点型のテクニスシナジーでも同様であり、そちらは0.75D程度近視寄りに測定され、回折構造のためかズレ幅はほぼ一定ですが(屈折検査器の表示が-0,75Dの場合実際は0.00D)、回折型でなくレンズ部位による度数の異なるVivityの場合は、測定時にレンズ中央波面制御部分が瞳孔領に占める割合により測定値が異なる印象です(レンティスコンフォートも同様)。そのため屈折度検査器による屈折度をそのまま信じて自覚的な視力検査はできませんし、そのズレも前述の理由のとおり一定でなく個人間で差があるように思われますので、今回はミスリードしないように、あえて目標屈折度と術後屈折度を記載しておりません。
次に左眼に関してですが、右眼が遠近とも良好な視力でしたので、左眼も同じ目標度数かなと個人的には考えておりましたが、この方は「近方はもうじゅうぶん、登山が趣味で無限の遠方に近い遠方をしっかり見たいので、優位眼である左眼は近方視力が落ちても、さらに遠方0.00Dを目標としたい」とのことで手術にのぞみました。
術中は右眼のORAシステムの測定値も参考にできるため、より確実かつ高精度で手術を行えると思われましたので、ご希望通り遠方ピッタリ0.00Dを狙って比較的自信をもって度数選択を行うことができました。
左眼術後は目標どおりとなり、裸眼視力にて遠方1.5/0.7と遠方の見え方にご満足いただけましたが、瞳孔径にもよると思われますが、個人的には明視域に関してはスペックどおりなのだな…と感じました。
Clareon Vivityは、明視域とEDOFの観点からテクニスシンフォニーと比較されやすいですが、回折型のシンフォニーに見られた乱視矯正効果は認められないようですし(この点もスペックどおり)、レンズ部位によって度数の異なる構造である点は、どちらかというとレンティスコンフォートよりのレンズである印象でした。前評判としては、テクニスシンフォニーが登場した時のように比較的誰にでも使いやすい適応の広いレンズかと思っておりましたが、術前屈折度や瞳孔径・角膜乱視をはじめとした術前の患者様の諸条件が結果に反映されやすく、Vivityに限ったことではありませんが慎重な適応判断が必要だと感じました。
この方は当院でのClareon Vivity初症例でしたので、私の使用経験不足を補うため念入りにリサーチを行い、厳格な適応判断に加えバックアッププランの準備しての手術でしたが、結果としてご満足いただける視力をご提供することができて私もホッとしております。私自身いろいろと学ぶ点も多く、逆に回折型の良い点も再認識された症例となりましたので、新しいレンズでの手術という勇気ある選択をされた患者様に感謝申し上げます。
今回は50代と比較お若い方でしたので、次回は70代の方の症例を提示したいと思います。掲載レンズに偏りが生じますが、情報提供のためしばらくVivityの症例の掲載を続けさせていただきますのでご了承ください。
2023.6.11
- Q.手術前はどのような状態でしたか?
仕事でタブレットの文字が見えない。
対向車のヘッドライトがまぶしい。- Q.手術を受けようとしたきっかけは何ですか?
夜間歩行で小さなデコボコでつまづくようになり、日常生活で不自由を感じた。
- Q.手術中に痛みはありましたか?
ほとんど痛くはなかったが、最後の炎症止め?の薬を注入する際とても苦痛でした。
- Q.手術後の見え方はいかがですか?
遠くも近くも見えるようになり、日常でメガネが不要になった。
- Q.日常生活(お仕事、運転、スポーツなど)で変わったことはありますか?
パワーポイントの資料が裸眼で見えるようになり、かつ色鮮やかに見えるようになった。(職業:会社役員)
- Q.多焦点レンズと単焦点レンズのどちらを選ばれましたか?
登山が趣味で遠くの景色が見たい事、夜間運転をする事、運転時ナビが見える事、以上を踏まえEDOF型遠く合わせを希望した。
- Q.同じような症状で困っている患者さんがいるなら、手術を勧めますか?
勧めます。患者の希望を聞いてレンズを選んでくれること、屈折誤差を追い込んでくれる手術であることをHPでみたため。