- 単焦点眼内レンズ
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世田谷区50代男性 白内障手術症例#65 ORA™システム術中波面収差解析によるレンズ度数選択(右眼片眼手術:テクニスアイハンス)
右眼の霧視・視力低下にて半年前に前医で白内障と診断され点眼加療をしていたようですが、増悪傾向のため当院初診された方です。
下図のように白内障の程度は、核硬度grade1.5程度ですが、右眼にのみ強い後嚢下混濁認め、片眼性であることから外傷性も疑いましたが、交通事故既往はあるものの眼球打撲はないとのことでした。
手術をしない左眼は+0.5Dの軽度遠視であり裸眼遠方視力1.5と良好でしたので、当初の手術予定時は右眼のレンズは単焦点遠方合わせ、もしくはレンティスコンフォートを候補として提示させていただきました。年齢的にはまだ50代前半であり左眼は調節力も残存しているため、せっかく手術するなら左眼より少しでも近方が見えるであろうレンティスコンフォートの方がメリットが多いかと思えましたが、見え方の確実性を重要視されるご本人の希望にて単焦点での手術予定となりました。
しかしながら術前の血液検査を施行したところかなりの高血糖が発覚したため、残念ながら手術を延期し血糖コントロール後にリスケジュールとなりました。つまり片眼性ですが、糖尿病性の後嚢下白内障である可能性が考えられました。
その後糖尿病治療が順調に経過し、実に初診時から半年以上経過しての手術となりましたが、やはり右眼に調節力がゼロになってしまう単焦点レンズを使用して手術することは術者として忍びなく感じ、手術延期したために使用可能となったテクニスアイハンスを、急遽手術1週間前に新たにご提案させていただきました。遠方視力の確実性と+0.5Dとわずかながら近方加入を併せ持つレンズであり、ハログレアなどの異常光視症も単焦点レンズと同等であることから、患者様のご希望にも合致し、ご本人もそれならばと納得されての手術となりました。諸事情によりテクニスアイハンスの中でも特定のレンズ度数は品薄状態が続いておりますが、メーカーの方のご尽力により手術当日にギリギリ間に合うよう準備していただき手術となりました。
右眼の目標屈折度は、わずかな遠視の左眼と不同視にならないように-0.25~-0.50程度の近視とさせていただきました。具体的には下図のような計算結果から求めますが、この方は眼軸長24.39mmに比して角膜がややフラット=角膜屈折度41.77Dと小さいため、通常の計算式では遠視ズレする可能性が予測されましたので(当院補正式ではSRK/T式だと0.23Dの遠視ズレ予測)、最終的には術中波面収差解析(ORA™ system)にて度数決定をさせていただくこととしました。
今回は少々詳しく術中波面収差解析 ORA™ system によるレンズ度数選択について、その方法と問題点について述べさせていてただきます。
まず方法ですが、波面収差解析は白内障を取り除いて眼内レンズを入れる直前の状態で行いますが、測定条件を一定にするために角膜上に特殊なレンズを乗せ、術中眼圧測定を行い21mmHgに調整します。次に照明をOFFにして手術顕微鏡に装着した波面収差計の中心の赤い小さな点を患者様に見ていただき測定となりますが、こちらは誤差低減のため1度に40回測定してます。ORA systemは測定結果である眼球全収差と、術前に計測した眼軸長・角膜屈折度を、インターネットを介してリアルタイムにグローバルデータベースと照合し、各レンズ度数の予測屈折度を表示してくれますが、当院では念のため2度測定し、その結果からレンズ度数の選択をしております。そのため場合により2~3分ほど余計に手術時間がかかってしまいますが、手術時間の短さよりも、正確な屈折誤差が少ない手術結果の方がはるかに重要と思われます。
以下、「ORA systemによる術中波面収差解析と眼内レンズ度数選択」の動画となります。
この方は上記のように当院の経験からやや遠視ズレするであろう当院の予測のもと、ORA system推奨の21.0Dでなく、予測屈折度-0.49の21.5Dのレンズを使用しております。術後は予想通り-0.375D程度のわずかな近視となり、結果として裸眼視力で遠方1.2/近方0.9と、手術していない左眼と比べても遠方も遜色なく、近方はより良く見える結果に大変ご満足いただけました。
このように術後屈折誤差を小さくするツールとしてORA systemは大変有用ですが、現状ではまだ残念ながら盲目的にその結果を信じてレンズ度数選択できるほどの正確性はありませんし、あくまでレンズ度数選択の参考値が1つ増えたにすぎないというつもりで使用した方が安全だと思われます。そして当院での使用経験から感じている問題点としては、下記の2点が挙げられます。
①最適化の過程でどうしても世界的に多数使用されているレンズほど誤差が少なくなり、使用数が少ないほど誤差が大きくなってしまう(レンズ定数のグローバル最適化されていないレンズでは既存の計算式以上に屈折誤差が大きくなる)。
②前房深度や水晶体厚がパラメータとして使用されていない。
①に関してはORA systemがALCON社製であるため、現在のところどうしてもALCON社製のレンズの方が精度が高くなるといった傾向が見られます。それゆえにORA導入施設では屈折誤差のリスクを避けるためにALCON社製のレンズを選択しがちになる可能性もあるかも知れませんが、それはそれで最終的には患者様のメリットになるとも考えられます。当院ではORA system使用時に、ALCON社で最も多く最適化のために使用されているレンズをダミーレンズとして用い、実際に使用するレンズとの定数の差を利用して度数決定することで、グローバル最適化が完了していないレンズでも屈折誤差を小さくする工夫をしております。
②についてですが、眼内レンズの位置(深さ)の予測には前房深度と水晶体厚も重要と思われますので、その2つの因子がORA systemの度数決定のパラメーターとして使用されていないことは術者として少々残念です。特に前房深度などはアジア間でも人種によって違いますので、今後グローバルだけでなく、日本国内のナショナルデーターベースを構築に加え、グローバル最適化されていないレンズに関しては、せめて術者・施設最適化が行えるように改善していただけたらと思います。当院ではORA systemを使用しても生じてしまう屈折誤差に対して、前房深度と水晶体厚の影響の有意性を多変量解析(重回帰分析)で検討しておりますが、現在のところ屈折誤差への影響が一番大きい因子は眼軸長という結果でした。こちらは今後ORA使用症例数が増加することや、統計学的手法でなくAIという手法に変更することで、見逃されていたパラメータとしての重要性が見えてくるかもしれません。
テクニスアイハンスに話を戻しますが、ときおり遠近とも見えるレンズと誤解されて希望される方がおられますが、上記のとおり加入度数はわずか+0.5Dですので、できれば近くも見たいという方にアイハンスを勧めることは当院ではまずありません。保険診療内でそのような目的・期待を持たれている方には、数値的にもアイハンスの3倍近方加入が大きい+1.5D加入のレンティスコンフォートをお勧めすることが多いです。また、連ティスコンフォートが登場してからは、ほぼ同様の加入度数でハログレアが強いテクニスシンフォニーの当院での使用は皆無です。
加入度数の話になりましたので、最後に問い合わせの多いALCON社のVivity(ビビティ)について触れますが、こちらは以前掲載しているとおり、アイハンスやミニウェルなどに近い収差を利用した構造のため、ハログレアは単焦点レンズ同様にほとんどないことが期待できます。また加入度数は+1.5D程度と報告されておりますので、近方の見えやすさはテクニスシンフォニーやレンティスコンフォートとほぼ同等(約70cm)、かつハログレアなどの異常光視症がほとんどないレンズという認識になります。なお同社3焦点レンズのパンオプティクスは加入+3.25D(40cm)であることと比べてみても、レンズのスペック以上の過度な近見視力の期待を持たれることには注意が必要です。
また国内発売時期が遅れている要因としては、当初Acrysof(アクリソフ)という素材で製作・販売されていたものが、Clareon(クラレオン)という新素材に一新されたことが一因のようであり、現時点ではおそらく2022年内の国内使用開始は難しいのではとの見込みです。もちろん選定療養扱いになるか保険適応になるかも未定ですので、今後また情報をアップデートさせていただきます。
2022.05.25
- Q.手術前はどのような状態でしたか?
視界がぼやけて物や文字がとても見え辛かった。
- Q.手術を受けようとしたきっかけは何ですか?
仕事に支障が出たため。
- Q.手術中に痛みはありましたか?
ほとんど痛みは感じなかった。
- Q.手術後の見え方はいかがですか?
見え方がクリアになり、手元もとても見えやすくなった。
- Q.日常生活(お仕事、運転、スポーツなど)で変わったことはありますか?
運転の心配が無くなった。
- Q.多焦点レンズと単焦点レンズのどちらを選ばれましたか?
新しい単焦点レンズ、アイハンスがより手元も見えて先生が良いと勧めて下さったから。
- Q.同じような症状で困っている患者さんがいるなら、手術を勧めますか?
はい、強く勧めます。