患者様は「他院での白内障術後の斜乱視により、全てがブレて見えて疲れるので解決したい」とのことで、紹介状なく2025年1月に初診されました。いくつかの資料は持参されており、確かに右眼は下図のとおり1.25D@47度の斜乱視を呈しておりました。
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下図OPDscanⅢの右列の▢部をご覧いただくと分かるように、角膜乱視軸が180度であるので、乱視を打ち消すにはレンズは直行するように90度の向きに挿入しなければなりません。しかし眼内レンズ軸は80度となっておりますので、10度の軸ズレを起こしていることになります。通常10度程度であれば乱視矯正効果は、10度×3%=30%程度は減ずるものの、そこまで見えにくくならないはずです(30度ズレれば乱視矯正能はゼロ)。しかしこの症例は、おそらく角膜直乱視症例に強すぎる乱視レンズを使用したために、残余乱視というよりも過矯正により直乱視が斜乱視化してしまったことが、見えにくさの原因の一因と思われました。同じ乱視度数でも斜乱視(斜めブレ)が一番見えにくく、次いで倒乱視(横ブレ)、直乱視(縦ブレ)は0.5Dほど残っても自覚的にはブレはあまり感じないほどですので、一番気にならない乱視から一番見えにくい乱視になったことになります。
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しかしお話を聞いてみると、もともとは、料理するときにまな板くらいは見える状態を想定してアイハンスを選択していたようですので、乱視軸修正してブレは軽減しても、ピントの距離は変わらないことは事前にしっかりとお伝えさせていただきました。今後レンズ入替の可能性もあるのであれば術前状態が分かった方が、より正確な手術が可能であることと、軸修正であれば手術されたところでも可能であろうことをお伝えし、まずは前医と相談することをお勧めし、お帰りいただきました。
その後、やはり軸修正を当院で行いたいと、今度は紹介状と下記術前情報持参で来られました。
この方の初診時の屈折度は、上図の屈折値から計算すると、等価球面度数で右眼-3.875D/左眼-3.375Dであり、アイハンスの0.5Dの加入を加味すると、計算上
焦点距離は
右眼30~26cm/
左眼35~30cmに合っていることになります。ですので下図のとおり裸眼視力は遠方は0.1-0.2程度ですが近方は1.0-1.2と良好でしたが、まな板の距離を裸眼で見るのは難しい状態でした。

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ちなみに、全く異なる種類のレンズを、全く異なる目標屈折度のレンズに入れ替える場合は、やはり術前の検査結果があった方が正確なレンズ度数計算・選択ができます。レンズ度数計算には前房深度(角膜~水晶体前面までの距離)や水晶体の厚みが必要なため、人工レンズになってしまってからでは計算結果が異なってしまうからです。
上図は前医から持参いただいた資料ですが、使用レンズは上図左側のとおりDIW450の+12.5Dであり、上図右側の度数計算結果を見ると、-3.04Dが目標屈折度になっています。つまり術後屈折度が-3.875Dになっているということは0.5Dの加入を考慮すると、わずか0.335D近視方向の術後屈折誤差を生じているという意味になりますので、計算通りになっていたとしても、まな板が見えることは難しかったはずです。後医は名医にはなりたくありませんが、アイハンスであれは0.5Dの加入があるため、近方であれば10cm程度の焦点深度拡張(ピントの幅)がありますので、50-60cmの-2.0~-1.75D程度を狙っておけば、患者様も満足されたのかも知れません。
つまりアイハンスの0.5Dの加入を考慮すると、明視域は右眼30~26cm/左眼30~35cmですので、軸ズレを修正したとしても、近視ズレによる視機能の不満は解消されないことは予測されましたが、もともと斜乱視修正をご希望での来院であったことと、①保険診療での対応が可能であり、患者様の経済的負担を軽減できること、②レンズと水晶体嚢の癒着を一度解除することで、将来的な入替術の安全性を高め、焦らずレンズ選定できる猶予期間を確保できることをご説明し、まずは乱視軸修正を行うこととなりました。
乱視軸修正は、通常サイドポートという1mmに満たない切開創から行えるため、安全性も高く上記のように経済的負担だけでなく身体的負担も少ない処置であり、選定療養含む保険適応レンズの手術によるものであれば、慣例的に瞳孔形成術の費用で行えますので、通常は3割負担で20,000円程度となります。
軸修正の場合は、上記のようにサイドポートから行うため惹起乱視はゼロとして固定軸を計算すると、推奨角度は90度と、持参いただいた前医の結果と同値でした。また、念のため軸修正専用サイトでも計算を行ったところ92度との結果でしたので(下図参照)、あとは術中波面収差解析装置であるORAシステムのリアルタイム測定値をもとに、固定角度を決定することとしました。
ピュアシー
今回は前医の術後1ヵ月での軸修正でしたが、修正を行う時期は通常術後約1週間程度が適していると言われています。時期が早すぎると再回転してしまい、遅くなると水晶体嚢との癒着が強くなり入替同様のリスクが生じてしまうからです。入れ替えで最も難しい点は癒着解除ですので、術後1ヵ月経過している症例では、個人的には、修正するのも入替するのもほぼ同等のリスクとストレスです。この症例も、やや前嚢切開縁が収縮しており、テクニスレンズに特有の支持部根部のヒンジのところが水晶体前嚢と癒着しておりましたが、別途大きな創を開けることなく癒着解除でき、ORAシステムで残余乱視が最小になるよう測定・調整を繰り返し、プルキニエ像を利用してレンズ中心を合わせて手術は無事終わりました。
術後検査では、上図左側の右列▢部の角膜乱視軸179度と眼内レンズ乱視軸89度がピッタリ90度直行することで、OPD scanⅢでの眼屈折(全残余乱視)は-0.19D、下図屈折検査では、1.25Dの斜乱視が0.25Dと大幅に減りました。裸眼視力も0.1から0.2とわずかに改善し、自覚的にも乱視によるブレ(単眼複視)がなくなりスッキリ見えるようになったと喜んでいただけました。
紹介状によると、もともと両眼とも-9.50D程度の強度近視でしたので、読書距離は眼鏡なしでブレなく見えるようになったことで、ひとまず満足していただけるのではと期待しておりましたが、やはり思ったほど遠方が見えないことには変わりなく、不満を持ったままのようでした。
いずれにしてもこれで一度癒着解除したことにより時間稼ぎができたことになりますし、入替はレンズによっては自費診療になってしまうこともあり、入替するかどうかは・入れ替える場合は何のレンズにするか、ご家族とも相談していただき焦らず最低1ヵ月は考えていただくこととしました。
そして1ヵ月後の再診時に、アイハンストーリックをより遠方が見えるように入れ替えるのではなく、レンズそのものを変えて多焦点に入れ替えたいと希望されました。
つづく
2025.08