診療内容

白内障手術症例集
多焦点眼内レンズ

大阪府40代女性 白内障手術症例#87 強度近視(テクニスシナジー ⇒ 単焦点レンズ入替 ⇒ EVOLVE:エボルブ多焦点アドオンレンズ)

  • 術前

    右眼
    遠見:1.2p(1.5)
    近見:0.1(1.2)

    左眼
    遠見:0.02(1.2p)
    近見:(1.0px使用CL)

  • 術後

    右眼
    遠見:1.2p(1.5)
    近見:1.5 (n.c.)

    手術なし

多焦点アドオンレンズの相談にて2024年1月に当院初診された方です。

紹介状はありませんでしたが、前医での検査結果と詳細な自作資料を持参されておりました。もともと両眼の強度近視の方でICLを希望して関西の病院を受診したところ、右眼のみ手術適応外のため、ICLでなく多焦点レンズでの白内障手術を勧められ、テクニスシナジーを用いて手術を行ったとのことでした。しかし術後は、「遠くも近くも見えると言えば見えるが全体的にぼやけた感じ」と、いわゆるwaxy visionにより、術後2か月の2023年5月に遠方合わせ単焦点レンズに入替手術を行ったとのことです。けれども今後は近方が見えなくなり、左右差が気持ち悪いため多焦点アドオンレンズを検討されているとのことでした。

右眼の術前の白内障がどのような状態だったのか分かりませんが、持参の検査結果によると矯正視力で1.2でておりましたので、ICLを検討されていたことからも、少なくとも強い白内障はなかったことが推測されました。つまり屈折矯正を目的とした白内障手術である、いわゆるRefractive Lens Exhange(RLE)/Clear Lens Exchangeを行ってしまったため、回折型のシナジーによる異常光視症やコントラスト低下によるクオリティの低下が前面に出てしまい、見え方の劣化が気になってしまったのかも知れません。このことからも、よほどの医学的理由がない限り、安易に視機能障害がないレベルでの白内障手術はするべきではないことが良く分かります。

左眼は約-16.5Dの最強度近視でコンタクトレンズ(CL)を装用され、CL装用下でも良好な遠近視力を呈していましたので、調節力はまだ十分残存しておりました。

右眼の屈折度は、当院初診時に+0.625Dの軽度遠視となっておりましたが、乱視用単焦点レンズできれいに入替されており残余乱視はほぼゼロでした。乱視用レンズは固定方向が重要なため、水晶体前後嚢癒着のあるような入替時にはハードルが高くなりますが、ピッタリ乱視軸に合っていましたので、かなり技術の高い施設で手術されているようでした。しかしながら単焦点レンズですので、裸眼遠方視力は1.2pと良好でしたが、当然近方は0.1という視力でした。

確かに上記の経過であれば多焦点アドオンレンズという選択は、間違っていなように思えました。既に回折型多焦点から単焦点への入替手術を1回していおり、非回折型の多焦点レンズへの入替をしたとしても、異常光視症やゴースト現象などにより再々度単焦点へ入替にもなるリスクも懸念されましたので、満足されない場合に容易に抜去可能である多焦点アドオンレンズでの手術の方向で進めることになりました。もちろん十分な前房深度や角膜内皮細胞密度、過度な隅角色素沈着もないことなどの諸条件も満たしていることも確認済です。

当院でも多焦点アドオンレンズを使用したことはありますが、これまでは、テクニスシナジー同様に縞構造を持つ「回折型」のものだけでしたので、既存の多焦点アドオンレンズでこの方を満足させるのはなかなか難しいと感じていました。そこで患者様とご相談して、今回はイタリアSOLEKO社焦点深度拡張型EDOFタイプ)であるEVOLVEエボルブ)という多焦点レンズアドオンレンズバージョンを使用することとしました。

EVOVLEエボルブ)は、テクニス・アイハンスやクラレオンVivityやミニウェルのようにレンズ中央に加入部分がある構造をしていますが、屈折型+EDOF構造であるためコントラスト低下も異常光視症もほとんどありません(下図左下:アドオンレンズは下図と支持部の構造は異なります)。しかしEDOFタイプですので近方加入度数がやや弱く、約2.0D=50cm(レンズ面は2.5D)と、Vivityとミニウェルの中間くらいに位置し、約40%の光エネルギーが近方~中間に割り当てられていることから、実際には45cm~50cm程度まで見えるレンズと報告されています(下図右下)。また、加入部分のサイズはアイハンスよりもやや小さく1.7mmであることが、単焦点レンズと同等Quality of Visionを可能としているのかも知れません。全くの私見ですが、イメージとしてはアイハンスの加入が強いバージョンといったところでしょうか?

この方は、下図のように入替後の等価球面屈折度数が+0.625Dとわずかに遠視眼となっておりましたので、多焦点性をプラスするだけでなく、当然その遠視の改善も同時にアドオンレンズで行います。またEDOFレンズの近方加入の弱さをカバーするべく、目標屈折度をどこまで近方にずらしても遠方視力が低下しないかを、術前検査で綿密にシュミレーションして、使用するアドオンレンズの度数を決定しました。

その結果、下図のように0.75Dだけ近視にズラしても(+0.75Dの眼鏡負荷しても)、遠方視力は低下せず1.5と良好、+1.0D負荷だと1.0-1.2とやや低下、近方視力も同様に複数度数での見え方をシュミレーションし、手術していない左眼の見え方と比較していただくことで、+0.75D近方にズラしてあげるのがベストと判明しました。あとは、そのずらし幅に相当するアドオンレンズの度数を計算してレンズを注文すれば良いのですが、レンズは0.5D刻みでしか製造されておらず、ピッタリ0.75Dずらせるレンズは存在しないため、患者様とご相談の上、現在右眼は単焦点のクオリティの高い遠方視力に慣れているため近方にずらしずぎると不満に感じる可能性もあり、近方にずらすほどdefocusによる光の滲みなども大きくなること、近方は手術していないCL装用の左眼で見えていること、の3点をご説明させていただき、0.75Dよりはやや遠方のレンズ度数での手術にご納得いただけました。

手術自体は術者にはストレスの少ない=安全性の高い手術ですので問題なく終了し、術翌日は裸眼視力で遠方1.5p/近方1.2と良好な視力、かつ単焦点同様なクリアな視界予想以上に近方も見えることに大変喜んでいただけました。その後、上図のとおり若干の屈折度の変動がありましたが、術翌日:-0.375D→術後1ヵ月:-0.50Dと軽度近視のほぼ狙い通りで安定してくれました。しかしながら、5/31の術後1ヵ月検診時に、ご本人から「やや遠方が見えにくくなってきた感じがする」との訴えありました。上図検査結果によると等価球面屈折度は5/7の-0.625Dよりもやや遠方にシフトし-0.50Dとなっているため、通常は遠方は良く見えるようになったけれども近方が弱く感じるはずですので、感覚的な見えやすさと屈折度が一致していないことになります。こうした現象は特に中心部に加入があるタイプや分節型の多焦点レンズのように、レンズ光学部の部位により度数が異なるタイプのレンズの術後には時折見られることがあり、器械で測定した屈折度も加入部分を含んだ値であるため、実際よりもやや近視寄りに表示され、自覚的屈折度と乖離していることは多々あります。つまりレンズのどの部分を使用してモノを見ているかという生活習慣などに依存した感覚的な変化の可能性があり、左眼のCL度数をやや弱くしてアドオン眼の右眼で遠方を見るように工夫してみたりすることで、ある程度改善してくるかも知れません。その他の原因としては後発白内障による見えにくさも考えられましたので、矯正視力も低下してきた際にはレーザー加療予定とし経過観察としております。

屈折型+EDOFEVOLEエボルブ)のアドオンレンズは当院でも初症例でしたが、近方加入は弱いものの単焦点と比べても遜色ないクオリティの高い視機能を提供できるため、適切な適応と度数選択を行えば、非常に有用性の高いアドオンレンズとして使用できると思われました。診察時も顕微鏡(細隙灯)で見ても、一見単焦点レンズと見分けがつきませんし、上図右側のように光の反射を利用して一生懸命探さないと、近方加入部分(黒矢印)のエッジを見分けることができません(そのほかのラインは後嚢の皺です)。

今回は白内障手術症例ではありませんでしたが、同一眼テクニスシナジー単焦点→EVOLVEのレンズの比較対象をしていただいた貴重な症例となりますので、情報提供として掲載させていただきました。患者様は合計3回も手術を行うことになり大変だったかと思いますが、最終的に満足していただき術者としても嬉しく思うともに、単焦点に劣らないEVOVLEクオリティの高い見え方を検証させていただいた症例となりました。

多焦点の機能という意味では、アドオンレンズよりも通常の白内障手術で使用する眼内レンズの方が明らかに先進的ですが、EVOLVEはその眼内レンズと同じ構造でのアドオンレンズが使用できる点も強みかと思われます。

この方にとって多焦点アドオンレンズが最適解だったのかどうかは私自身も分かりませんが、もともと遠方合わせの単焦点レンズの方への多焦点アドオンレンズとしては、今後は当院ではEVOLVE一択となるかなと思わせるほどの良好な結果でした。ただしもともと近方あわせの単焦点レンズの方に使用する際には目標設定に注意が必要ですし、しっかり加入の入ったRayner社や1stQ社の3焦点型のアドオンレンズの使用も検討する必要があると思われます。

アドオンレンズでなく通常の白内障手術で使用するEVOLVEエボルブ)は、作製度数の範囲も広く、通常のレンズでは適応外となるような強度近視・乱視の方にも対応しておりますので、保険適応外の自由診療になってしまいますが、ご興味のある方はお気軽にご相談ください。

2024.06.23

Q.手術前はどのような状態でしたか?

遠くは良く見えたが、近くはぼやけて見えにくかった。

Q.手術を受けようとしたきっかけは何ですか?

両眼の見え方の違和感を解消したかったため。

Q.手術中に痛みはありましたか?

ほとんどなかった。

Q.手術後の見え方はいかがですか?

手元が見えるようになり、目の疲れがなくなった。

Q.日常生活(お仕事、運転、スポーツなど)で変わったことはありますか?

日常どの場面でも眼鏡なしで過ごせている。

Q.多焦点レンズと単焦点レンズのどちらを選ばれましたか?

両眼の見え方を出来るだけ揃えたかったため。

Q.同じような症状で困っている患者さんがいるなら、手術を勧めますか?

3回目の手術で慎重にクリニックを探していました。貴院のHPを見つけて症例集を拝見して、是非先生にお願いしたいと思いました。伺って本当に良かったです。