- 多焦点眼内レンズ
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杉並区50代女性 白内障手術症例#66 強度遠視・レーザー虹彩切開術後・片眼手術(左眼:3焦点型多焦点レンズ:クラレオン・パンオプティクス)
強度遠視の方の片眼の多焦点レンズ症例です。
もともとは開院当初の5年前に近くが見えないとのことで、眼鏡作製目的で初診されました。
矯正視力は両眼とも1.5と良好でしたが、右眼は+1.5D、左眼は+4.0Dの強い遠視眼であり、近見時は左眼に抑制がかかる(左眼を使わず右眼だけで見てしまう)ことにより立体視も障害されておりました。そのほか、両眼とも浅前房・狭隅角にて緑内障発作リスクが高い眼でしたが、白内障もそれほど強くありませんでしたので、治療優先度としてまずは発作予防のために両眼のレーザー手術(レーザー虹彩切開術)をお勧めさせていただきました。レーザー手術と聞くと大変そうな印象を持たれると思いますが、2~3分の処置ですし術後の入浴や洗顔の制限もありません。
ここで簡単に緑内障発作について説明させていただきます。眼球は房水という水が絶えず作られ排出され、圧が一定に保たれている水のボールみたいなものですが、発作というのはその排出路(隅角)が狭くなり詰まってしまい、眼球が硬く=圧が異常に高くなってしまった状態です。正常の眼圧は15mmHg程度ですが、発作時は50~60mmHgに達することもあり、通常は視力低下も伴いますが、頭痛や嘔気といった眼症状以外が前面に出る場合も多く、発見が遅れ放置していれば高眼圧による不可逆的な視神経障害により、数日で失明に至ってしまう恐れがあります。発作さえ起きなければ無症状であり、もちろん一生発作が起きないかも知れませんし、明日発作が起きるかも知れませんが、この方のように強度遠視=短眼軸長眼の方は構造上隅角が狭くなりやすく、年齢とともに白内障が進行することでさらに隅角が圧迫され発作リスクが高まるため、統計的にも若いころ眼が良かった=強い老眼の、白内障のある高齢女性は緑内障発作に注意が必要です。
レーザー治療は茶目(虹彩)の隅に小さい穴を開けバイパスを作り、房水の流れを変えることで排出路(隅角)を広くして発作を予防する治療です。小さいものですが虹彩に穴が開きますので、光が瞳孔以外からも眼内に入ってしまうため、術後に余計な光を感じてしまわないよう、通常は瞼がかぶる位置である時計で言うと2時や10時の虹彩周辺部に穴を開けます。下の図(左上の小さな穴)のように術後は瞳孔から入れた光が反射して、レーザーで作成した穴から漏れてくることで、表面だけでなく予防の穴がきちんと奥まで開いていることを確認します。
<急性緑内障発作予防のためのレーザー虹彩切開術>
この方は、レーザー後は発作のリスクもほぼなくなったため、半年~年に1回程度定期検診に来られていましたが、左右差の強い(不同視性の)強度の遠視により、眼鏡装用でも左眼の見えにくさが悪化して気になるとのことでしたので、選択肢としてコンタクトレンズ装用、もしくは白内障手術をご提案させていただきました。
そしてご相談の結果、右眼は裸眼で1.0程度の視力でしたので、初診時から実に5年経過しておりましたが、屈折矯正要素を含めた左眼のみの白内障手術を選択されました。また、これまで長年強い遠視と老眼に悩まされていたこともあり、適応あれば多焦点レンズでの手術をご希望されましたので、角膜高次収差が大きくないことを確認後、各レンズの短所・長所をご説明の上、テクニスシナジーとパンオプティクスで迷っていただきました。最終的に片眼手術であり、夜間運転もあるとのことで、Acrysof(アクリソフ)からClareon(クラレオン)という新素材になったクラレオン・パンオプティクスでの手術となりました。
上述のように手術しない右眼は+1.5Dの遠視でしたので、左眼の目標屈折度は当然遠方ゼロぴったりとしましたが、短眼軸長眼かつレーザー治療後の方でしたので術後屈折誤差が懸念されたため、今回も最終的にはORA systemを用いて使用レンズの度数を決定することとしました。
下図のように術前のレンズ度数計算結果では、左側のBarrett Universal IⅡ(BU Ⅱ)式・SRK/T式とも26.0Dが推奨(当院補正式ではSRK/T式の結果では0.03D近視化の予想)、Haigis式では26.5D、短眼軸長眼で精度が高いと言われているHoffer Q式でも26.5D、AIを含んだ右側のKane式でも26.5Dとのことでした。強度近視=長眼軸眼のレンズ度数予測に関しては、計算式の精度向上に加え、当院の補正式の予測も良好で症例も多く最適化が進んでおり得意としておりますが、強度遠視=短眼軸長眼の予測はより難しいことが多いです。経験上、短眼軸長眼の場合は遠視ズレしやすいのですが、この方は眼軸長に対する角膜屈折度も比較的均整がとれていましたので、体感的にはBU Ⅱ式・SRK/T式の推奨する26.0Dの予測のもと手術に臨みました。
白内障はまだ軽度でしたが、固視不良に加え思いのほかチン氏帯脆弱をきたしており、通常より慎重に白内障の摘出を行いORA systemによる測定となりました。術前の予測どおり26.0Dの使用を推奨されるかと思いましたが、下図のように2回測定の結果どちらも術後屈折度-0.03D予測の26.5Dが推奨されましたので、迷ったあげくORA systemを信じて26.5Dのパンオプティクスを挿入して手術終了となりました。
術中とても眼球が動いてしまう方でしたが、その理由は痛みを感じていたからのようであり、その点は大変申し訳ございませんでした。当院では点眼麻酔のほかに全例前房内麻酔も施行しておりますが、痛みに敏感な方には別途テノン嚢下麻酔も行います。テノン嚢下麻酔は、眼球に針を刺すわけではなく、白目を小さく切開して、そこから先のとがっていない鈍針を眼球に沿わせて進め、眼球の奥に麻酔薬を注入する方法で、より鎮痛効果が強く時には視神経にも作用し暗く感じることもありますが心配されなくて大丈夫です。しかしながら、このように麻酔の手技自体に侵襲性があるため通常は行いませんが、痛みを我慢したまま手術を続行するよりも、しっかりと麻酔の追加をして痛みを取り除いた方が手術自体もより安全になりますので、術中は皆さま我慢せず気軽に痛みをおっしゃって下さい。
症例の話に戻りますが、術後は懸念された屈折誤差も生じず、術後1か月でS+0.25D:C -0.50D Ax 3°(+0.25Dの遠視と-0.50Dの乱視=等価球面度数0.00D)となり、遠近とも裸眼視力で1.2となり大変満足していただけました。つまり26.0Dを使用していたら遠視になってしまっていたということで今回は当院の予測よりORA systemの勝利という結果になりました。
現在のところ当院では、ORA systemよりも、術前の計算式:Barrett Universal II式の方が術後屈折誤差は少ない結果ですので、あくまで術前に決めた度数が正しいかどうかの確認として補助的にORA systemを使用している形式になっています。しかしながら今後の最適化が進めば術前検査での計算式を超える精度を持つことができるでしょうし、LASIK後のレンズ度数決定に関しては、角膜全屈折度を使用した予測式よりもORA systemの方が明らかに精度が高い結果が出ておりますので、次回はLASIK後の方の症例を紹介させていただきたいと思います。
2022.06.05
- Q.手術前はどのような状態でしたか?
視力の左右差があり、それに伴う頭痛、肩こりが辛かった。
- Q.手術を受けようとしたきっかけは何ですか?
上記の症状が改善されると考えた為。
いずれする手術なら早めにしようと思ったから。- Q.手術中に痛みはありましたか?
私の場合は時間がかかったようで、最後の方は麻酔も弱まってきたように感じ、注射をする時から痛みを感じ、追加で麻酔をして欲しいと思いました。
- Q.手術後の見え方はいかがですか?
夜中に目が覚めた時に時計の小さな文字が見えるようになった。
見え方ではありませんが、肩こり、頭痛が改善され不調を感じなくなりました。- Q.日常生活(お仕事、運転、スポーツなど)で変わったことはありますか?
片眼のみの手術でしたが、美容院での眼鏡を外している時間に裸眼でe-マガジンの文字が楽に読めるようになりまし(以前は読めずに苦痛な時間でした…)
- Q.多焦点レンズと単焦点レンズのどちらを選ばれましたか?
一生使う物なので、やはり機能優先を第一に考えました。
- Q.同じような症状で困っている患者さんがいるなら、手術を勧めますか?
手術に際して色々と難しい箇所がある事は事前説明で受けていましたが、思いの外時間がかかり、やはり最後は痛かったです。
個人的には諸星先生に執刀していただき安心して手術に臨む事ができました。
ありがとうございました。(麻酔がきっちり効いているなら→YES)