診療内容

白内障手術症例集
多焦点眼内レンズ

杉並区60代男性 白内障手術症例#64 最強度近視:術中波面収差解析装置使用による屈折誤差回避(WELL FUSION System®:右眼:ミニウェルレディ/左眼:ミニウェルプロクサ

  • 術前

    右眼
    遠見:0.02(1.2)
    近見:(0.6 x SCL)

    左眼
    遠見:0.03(1.2)
    近見:(0.8 x SCL)

  • 術後

    右眼
    遠見:1.5(n.c.)
    近見:1.0(1.2)

    左眼
    遠見:1.0(1.2)
    近見:1.2(n.c.)

1年前から見えにくいとのことで多焦点レンズでの白内障手術相談にて初診された方ですが、両眼とも-10Dを超える最強度近視に加え2.0Dを超える乱視もあり、眼軸長30mm程度と規格外の長眼軸眼でした。強度近視(長眼軸眼)の白内障手術は、その特有の手技的なリスクはもちろんですが、術後屈折誤差を生じる可能性が非常に高いため、多焦点レンズを用いた手術のように正視(遠方ぴったり)を狙う手術はかなりの精度を要求されます。そこで今回は少々長くなりますが、「屈折誤差」に対する当院での準備・対応についても掲載させていただきます。

この患者様は術前の聞き取りでは、ゴルフもするし運転もする、パソコンでの仕事も重要なため、遠くも近くもしっかり見たいとのことで、ご自分で事前にレンズについて調べて3焦点レンズパンオプティクスなどが気になっているとのことでした。
白内障に関しては、右眼優位な核白内障に強めの皮質混濁を伴っておりましたが、こちらから手術を勧めるほど進行しているようには見えず、完全矯正することでなんとか1.2まで視力を引き出せる程度でした。それでも特に右眼は下記OPD scanⅢの結果から分かるように、眼球内部収差が0.500μmと増大し白内障による見えにくさの訴えが強いため、ひとまず右眼から手術予定としました。

レンズに関しては、ご本人希望のパンオプティクスを主軸として、聞き取り結果に応じてレンズ選択すれば良いかと考えておりましたが、両眼とも30mmの長眼軸のため残念ながらパンオプティクスの度数作成範囲外との結果となったため(通常は+6.0Dまでの作成)、その旨ご説明させていただき再度単焦点レンズもご検討いただきました。しかしながら、やはり眼鏡なしでの生活を目標とした多焦点レンズでの手術をご希望されたため、ご相談の結果、優位眼の右眼にMiniWELL Reaady(ミニウェルレディ)、非優位眼の左眼にMiniWELL PROXA(ミニウェルプロクサ)のWELL FUSION System®を用いての手術となりました。

一般的に眼内レンズの度数は、目標とする屈折度を得ることができるであろうレンズ度数を計算で求めます。当院では主に通常眼では、Barrett Universal II(BUⅡ)式、SRK/T式、Haigis式やAIを利用したHill-RBF式、Kane式、Evo式などを使用し、症例により使い分けたり複数式の結果を総合的に評価して度数決定をしておりますが、実際は計算式は30種以上存在しております。最近、日本眼科医会から術後屈折誤差リスクを減らすための周知として眼内レンズ度数計算式およびトーリック度数計算式の使用にあたってが掲載されましたので、ご興味のある方はリンクよりご覧ください。

通常の計算式は、術後のレンズ固定位置(角膜からの深さ)を反映するレンズの種類固有のA定数というものから計算されますが、数学的・理論的要素だけでなく、これまでの実際の結果、例えばXというレンズを使用したらYという屈折度になったというデータからの回帰式的要素を組み合わせた予測式になっています。また、最近では人工知能いわゆるAIを組み合わせたものも開発されておりますが、あくまで予測ですので、どうしてもある程度の誤差は避けられませんし、特にこの方のように眼軸長が30mmを超えるようなデータが少ない=平均的でない眼球サイズ・プロポーションの場合は、屈折誤差のリスクも高くなります。

例えばこの方のレンズ計算を、長眼軸眼で精度が高いと言われているBarrett Universal II式のオンラインツールで計算すると以下のような結果になります。

少しわかりづらいですが左側が右眼右側が左眼の結果となります。目標屈折度(Refraction)が0に近いほど遠方がしっかり見えることになりますが、0を通り越してプラス度数(下方)にズレて遠視になってしまうと、理論的には無限遠~手元までどこにもピントが合う点がない眼になってしまうため、私たち術者としては0より少しだけマイナス寄りのfirst minus(ファーストマイナス)のレンズ度数を選択することが多くなります(ちなみにテクニスシナジーでは目標屈折度の絶対値がゼロに近いレンズパワー選択が推奨されております)。例えばこの方の右眼の場合はfirst minusである屈折度-0.39Dとなるであろう+5.5Dのレンズが第一候補になり、1/0.39=2.56mが遠方の焦点距離となります。

人間の水晶体の通常の屈折度が約+20D程度であるのに対し、一般的な眼内レンズは+6.0D~+30.0Dまで作成されていますので、現代の白内障手術は、白内障の混濁そのものを取り除くだけでなく、適切な度数のレンズに入れ替えてあげることで、より生活しやすい屈折度に正してあげるという屈折矯正手術の側面も併せ持つことになります。目標屈折度にもよりますが、長眼軸=強度近視の方はその近視を減じるために+6や+7Dなどのlow-powerレンズを、短眼軸=遠視の方は逆に+29や+30Dのhigh-powerレンズを使用することで、術後屈折度をゼロに近づけることができます。ちなみに私たちは通常、約+20Dの水晶体を毛様体筋で厚くして屈折度を高めるこにより、近方にピントを合わせています。例えば25Dにすれば1/(25-20)m=25cmにピントが合う計算になりますし、その筋肉が弱ったり、水晶体が固くなり厚みを変化させることができない状態がいわゆる老眼です。

話がそれましたが、例えばこの方の右眼では、29.80mmの長眼軸による強度近視をゼロ付近に補正するためには目標屈折度-0.39Dとなる+5.5Dのレンズが推奨されていますが、上図のBUⅡ式の結果から分かるように、この計算式では5.0D以下のレンズは片凸(Meniscus:メニスカス)レンズとして計算されています。通常のレンズはBiconvexつまり両凸レンズですが、通常の+5.0D以下のlow-powerレンズ片凸のメニスカスレンズのため、その補正を組み込んでいる点が、このBUⅡ式が長眼軸眼でも屈折誤差が生じにくい理由の1つとなっています。上図の+6.0Dと+5.5Dレンズの目標屈折度の差0.30Dであることに比べ、+5.5Dと+5.0Dレンズの目標屈折度の差0.63Dと急に倍以上大きくなっていることが分かるかと思います。

しかしながらミニウェルに限らず最近の高機能レンズは、+5.0D以下でもBiconvex(両凸)レンズになっているものが多いため、Biconvexのlow-powerレンズ使用時は上記の補正がむしろ誤差リスクとなりうると考えられますので、当院ではオリジナル長眼軸眼の術前後データから求めた回帰式を併用してレンズ度数を決定しております。このようなレンズ形状の違いを考慮せずに度数決定をしてしまうことは屈折誤差のリスクになりうると思われますが、些細な誤差かつ問題になる対象者が限定されているためか、未だ国内外の学会などでこの点を扱う発表や議論は耳にしたことがありません。

測定系の技術進歩により、最近では術中計測によるレンズ度数決定も行われ、予測式と同等、条件によっては同等以上の精度を得ることが可能となっており、当院でも少しでも屈折誤差を少なくするため、術中アベロメーター(波面収差解析装置)を導入しております。
具体的には、手術中に白内障を取り除いて眼内レンズを入れる直前に、手術顕微鏡に装着した波面収差解析装置眼球全収差を測定し、その結果をリアルタイムグローバルデータと照合してレンズ度数を決定するというもので、ALCON社のORA™ systemといいます。下図は術中測定時の一例ですが、+17.0Dのミニウェルを使用した場合、術後屈折度は-0.17Dになると予測しています(※本症例とは別の方です)。

ORA™ systemについての詳細はまたの機会に述べさせていただいて、この方の結果のみご説明させていただきますが、右眼のレンズ度数は当院回帰式では、+5.0Dのレンズを用いると屈折度-0.27Dになると予測して手術に臨みましたが(上図BUII式では+5.0Dのレンズだと+0.24Dの遠視になってしまうと予測)、術中計測では下表中段のように、全球面収差:+2.40D(下表Sphere)と乱視:-0.43D(Cylinder)から、ORA™ systemが推奨したレンズ度数が+5.00D(Suggested Power)、術後予測屈折度が-0.24D(右端Predicted Refr.)となり、当院の予測値とORA system™の予測値がほぼ一致しましたので、かなり確信をもって+5.00Dという度数のレンズを使用することができ、結果として屈折誤差を生じず遠近とも1.5/1.0と良好な視力に大変満足していただけました。

左眼のレンズ種類は、念のため右眼の見え方で決定していただけるようにミニウェルプロクサだけでなく通常のミニウェルも準備しておりましたが、やはり近見の必要度が高いとのことでプロクサでの手術をご希望されました。レンズ度数に関しては、当院回帰式では+4.0Dのレンズを使用すると-0.25Dの目標屈折度を得ると計算されていましたので(上図BUII式では+0.29Dになると予測)、その前後のpowerを準備して手術に臨みました。結果として、下図のORA™ systemによる測定でもSuggested Power:+4.00Dが推奨され、予測屈折度も-0.06Dとほぼ正視でしたのでこちらも確信をもって+4.0Dを使用し、術後検査結果でも遠近とも1.0/1.2と良好な裸眼視力特に30cmでの近見視力にご満足いただけました。なお、両眼の見え方の違いに関しては、視力検査結果通り遠方は右眼ミニウェルレディ近方は左眼ミニウェルプロクサの方が見やすく、左眼プロクサのハロ・グレアなどの異常光視症は特に感じないとのことでした。

当院は診断・治療を含めた「正確さ」を理念の中核に置いておりますので、なるべく屈折誤差をゼロにできるよう努力しておりますが、それでもなお、通常の眼球形状から逸脱した方や、LASIKなどの角膜屈折矯正手術をしている方の場合は、思いがけない屈折誤差を生じてしまう可能性があります。

当院では、オリジナルの回帰式のほかにも、当院データベースから手探りで同様の眼軸長・角膜屈折度・前房深度・水晶体厚を持つ方を検索し、その結果からレンズ度数を決定するような、いわばアナログなAI的手法をとることもありますが、それでも残念ながら同様の結果にならないこともあります。つまり、それは既存のパラメータでは捕えきれていない要素、例えば角膜後面屈折度や、レンズ位置に影響を与える可能性のあるチン氏帯の強度硝子体圧なども、術後屈折度に関係しているのかもしれません。

もちろん許容できない屈折誤差に対しては、最終的にはレンズ入れ替えという選択肢を取らざるを得ないこともありますが、入れ替えはどうしても患者様の肉体的・経済的・時間的負担を増やしてしまいますので、今後もレンズ度数予測精度向上のための最適化を重ね、術後屈折誤差を限りなくゼロに近づけるよう努力させていただきます。

2022.04.29

Q.手術前はどのような状態でしたか?

コンタクト使用しても遠近良く見えず、自転車のライトもまぶしく感じた。

Q.手術を受けようとしたきっかけは何ですか?

知人が手術を受け、かなり改善したと聞いたため。

Q.手術中に痛みはありましたか?

Q.手術後の見え方はいかがですか?

手元(新聞・スマホ)、遠くもよく見える。

Q.日常生活(お仕事、運転、スポーツなど)で変わったことはありますか?

PCのDsiplayがclearに見える。
起床後すぐに活動できる(めがね不要)。
仕事・スポーツ(ゴルフ)優先。

Q.多焦点レンズと単焦点レンズのどちらを選ばれましたか?

多焦点。
めがねなしの生活にしたかったため。

Q.同じような症状で困っている患者さんがいるなら、手術を勧めますか?

是非すすめたい。